謎の転校生と仁王のカン
†Case12:謎の転校生と仁王のカン
幸村君にテニス部のマネージャーになれと言われた私は机の上でうなだれる。
あやちゃんは、まあ頑張りなさいよ、と言って生暖かい目を私に向ける。
あやちゃんにあやちゃんもマネージャーしてよ、友達でしょ?と頼むもきっぱりと断ってきた。
自分が一番可愛いから、自ら死を選ばないわよ。だなんて。
酷いよ、あやちゃん。
そんなわけで、あやちゃんに裏切られた私のテンションは更に下がったのだ。
「あら、おはよう丸井君。今日は随分と早いのね」
「おう。…名前、何かあったのかよ?」
あやちゃんとブン太の声がうなだれる私の耳に届くが、生憎説明する気はない。
「幸村が名字をマネージャーに誘ったんじゃよ。命の危機を感じた名字は糸遊に一緒にマネージャーをしてくれと頼んだんじゃが、糸遊は自分が可愛いがために断り、名字は裏切られた感によりテンションが落ちた…。と、まあこんなとこじゃろ」
仁王君が私の心中まで的確に当ててきた。
ブン太も見習うべきだよ。
そしたら一々説明せずに済むし…。
「仁王、あんた名前のこと分かり過ぎてて気持ち悪いんだけど。何?あんたまさか名前のこと好きとか?」
あやちゃんが少し引き気味に仁王君と話す。
何だか仁王君のファンが聞いていたら確実に殺されそうなセリフだけど、幸いにも現在教室には私達以外はまだいない。
「えっ!?マジかよぃ!!?」
あやちゃんの発言に一番食いついたのは意外なことにブン太だった。
「安心せぇ、ブンちゃん。名字のことは好きじゃが、恋愛的な意味じゃないからのう…」
「べ、別に心配してたわけじゃねぇよ!!」
「あらあら、丸井君ったら。逆に怪しいわよ?」
ニヤニヤとしながらブン太を弄りだした二人。
ホント…、あやちゃんと仁王君がタッグ組むと弄られまくるからね。
ブン太のリアクションが一々大きいってのも更に弄られる原因だとは思うけど。
それにしても、あやちゃんも冗談が過ぎる…。
仁王君みたいな人が私みたいな平々凡々な人を好きになるわけないじゃない。
ブン太も何焦ってんだか……。
そんなに私に先に彼氏が出来るの嫌なの?
「…名前、絶対変な勘違いしてるわよ。丸井君、名前には直球じゃないと気付いてもらえないからね?」
「だ、だからちげえって!!」
††††††††††
ざわつく教室に私の意識は覚醒した。
どうやら机にうなだれてふて寝している間にいつの間にか寝てしまい、気付けば朝のHRの時間になっていたようだ。
「やっと起きたんか。おはようさん」
『おはよう、仁王君。騒がしいけど、何かあった?』
軽く周りを見回すが変わった様子は特にない。
私は仁王君に尋ねた。
「前見ててみんしゃい」
仁王君にそう言われて大人しく前を見つめる。
―ガラッ
担任の呼びかけで教室に入ってきたのは黒髪の綺麗な女の子だった。
どうやら転校生のことで騒がしかったようだ。
「初めまして。紫音です」
ふわりと笑う女の子はどこか大人びた不思議な雰囲気を持っている。
クラスメート達は彼女の笑顔にポワン…としていた。
確かに可愛いっていうか綺麗なんだけど……、何か違和感。
じっ、と女の子を見ていると目がパチリと合った。
女の子は私と目が合うと、更に笑みを深めた。
「苗字で呼ばれ慣れてないので紫音と気軽に呼んで下さい。皆さん、仲良くして下さいね?」
自己紹介を済ませると、女の子は先生の言葉を無視して私の前の席に着く。
私の前の席は元々空いていたから問題はない。
女の子がそう言うと、担任は渋々頷いた。
「よろしくね、えっと…」
『名字名前だよ。紫音ちゃんって呼んでもいい?』
「ええ。でもできれば呼び捨てがいいわ、名前」
にこにこと笑顔で話しかけてきた紫音に頷く。
私の顔を懐かしむように見る紫音を疑問に思うが、気にしないことにした。
「俺は仁王雅治じゃ」
仁王君が紫音に自己紹介をする。
すると、紫音は一瞬顔を歪めた。
しかし、顔を歪めたのはほんの一瞬だったため私の見間違いかも知れない。
「よろしくね、仁王君」
だって、今紫音は仁王君に人当たりのいい笑みを向けてるもの。
紫音が周囲の何人かと言葉を交わし終えると、授業が始まった。
「………………」
不意に仁王君を見ると、仁王君は探るような目で紫音の背中で見つめている。
気になってどうしたの?と尋ねるも仁王君にはぐらかされてしまった。
睨みにも近い視線をさりげなく紫音に送り続ける仁王君にやはり疑問が残るが、またはぐらかされるに違いない。
私はそう思い、つまらない授業を聞く。
††††††††††
紫音は毎時間クラスメート達や他のクラスの人達に囲まれて質問攻めだった。
お昼までそんな状態で、とてもじゃないがゆっくり昼食をとれないだろうと思った私は紫音を連れて屋上へと向かう。
「遅かったわね、名前。あら?やっぱり紫音さんも連れて来たの」
お弁当片手に紫音の手を掴む私を見てあやちゃんは笑った。
『紫音、一緒にご飯食べよう』
うん、決まりと言うように紫音を隣に座らせる。
紫音は一瞬キョトンとするも、すぐに笑って私とあやちゃんの隣に座った。
「ん?なんじゃ、先客がおったな」
「え、名前?どうしたんだよ、お前いつもは教室で食べてんのに」
ガチャリと後ろからドアの開く音がして後ろを振り返る。
そこにはお弁当を持った仁王君とブン太がいた。
ブン太はいつもは教室で昼食を食べている私に少し驚いているようだ。
『教室じゃ紫音がゆっくりご飯食べれないからね。ブン太達はいつもここで食べてるの?』
ブン太にそう聞き返せば、だいたいなとの返事。
いつもは屋上でテニス部のレギュラー達と食べているみたいだけど、今日は皆委員会とかで二人で食べにきたらしい。
ふーん、と気のない返事をすればブン太に聞いといてその反応はねぇだろと突っ込まれた。
「ねえ……、名前と丸井君って親しいみたいだけど、もしかして恋人なの?」
不意に私達の会話を黙って聞いていた紫音がそう尋ねてきた。
私とブン太が恋人……ねえ。
初対面の人にはそう見えてるのか、それとも紫音だけなのかは分からないけれど、それはない。
「は、はあ!?いきなりなんだよぃっ!!」
『付き合ってないよ。ただの幼なじみ。ね、ブン太』
何故か動揺しているブン太に同意を求めると、ブン太は動揺しながらも確かに頷いた。
絢ちゃんはそんな私とブン太を見て呆れたようなため息を吐いた。
「全く……。相変わらず鈍いわね、名前も丸井君も」
「ブンちゃんは自分の気持ちに気付いとらんし、バレバレの態度をとっとるのに名字も全く気付いとらんしのう」
あやちゃんと仁王君が何かコソコソと言い合っている。
「………………ターゲット発見」
そして、紫音もまたボソリと言葉を放つとバレないようにギリッと奥歯を噛み締めた。
それを仁王君が睨むように見ていたとは知らずに。
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